MommyKayo’s Note|子どもの成長には「閾値」がある。ある日突然、できるようになる不思議。
MOMMYKAYO’S NOTE
子どもの成長には
「閾値」がある。
昨日までできなかったことが、ある日ふっとできるようになる。その不思議な瞬間について、今日はお話ししたいと思います。
子どもを育てていると、不思議なことってありませんか?
何度教えてもできなかったことが、ある日突然できるようになったり。
昨日まであんなに苦労していたのに、今日は何事もなかったかのようにスラスラできてしまったり。
「え? いつの間にできるようになったの?」
なんて、親の方がびっくりしてしまうことがありますよね(笑)。
私は長年、子どもたちの英語の成長を見てきましたが、こうした瞬間に何度も出会ってきました。
そして、そのたびに思うんです。
子どもの成長って、毎日同じだけ積み上がって、同じだけ成果が見えるものではないんだなぁ。
今日は、そんな成長の不思議を「閾値」という言葉を使って考えてみたいと思います。
1年半かけて、ようやく見えてきた変化
以前、読み書きに困難が見られるお子さんを、1年半ほど継続してサポートしていたことがありました。
英語の文字と音を結びつけることにも苦労があり、読むことも書くことも、決して簡単ではありませんでした。
それでも、その子に合いそうな方法を探しながら、少しずつ取り組みを続けてきました。
すると、ある時期から明らかな変化が見られるようになったんです。
それまでたどたどしかった読み方が、ずいぶん自然なテンポになってきた。
以前は難しかったMagic eを含む単語も、ディクテーションで書き取れるようになってきた。
もちろん、すべてが完璧になったわけではありません。読み間違いだってあります。
でも、それまでの苦労を知っているからこそ、確かに何かが変わったと感じられる瞬間でした。
私はこういう成長に出会うと、本当に嬉しくなるんですよね。
だって、昨日まで見えなかった力が、急に姿を現してくれたように感じるのですから。
そもそも「閾値」って何でしょう?
閾値(いきち)というのは、ある反応や変化が起こる境目となる値のことです。
ちょっと難しい言葉ですが、イメージとしては、バケツに水をためていく様子を思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。
一滴、また一滴。
水を注いでいる間は、外から見て何か大きな変化が起きているわけではありません。
でも、水は確実にたまっています。
そして、いっぱいになったところで、とうとう水があふれ出す。
それまで静かだったものが、ある瞬間を境に目に見える変化として現れるわけです。
もちろん、子どもの言語習得に、本当にこのような一定の閾値が存在するという意味ではありません。
ただ、私が子どもたちの成長を見ていて感じることを説明するには、とてもぴったりくるイメージなんです。
目に見える成果が出ていない時間にも、その子の中では何かが積み重なっているのかもしれない。
そう考えると、昨日までの「できない」の見え方が少し変わってきませんか?
成長は、右肩上がりの直線じゃない
大人はどうしても、成果を直線的に考えてしまいがちです。
1ヶ月頑張ったら、これくらい。
3ヶ月頑張ったら、その3倍。
1年頑張ったら、もっともっと。
そんなふうに、取り組んだ時間に比例して成長が見えることを期待してしまいます。
でも、実際の子どもの姿は、そんなに単純ではないですよね。
しばらく同じところを行ったり来たりしているように見える子もいれば、ある時期からぐんと伸びる子もいる。
一度できるようになったことが、また不安定になることだってあります。
英語の読み書きも、会話も同じです。
音と文字の関係がつかめずにいた子が、ある日から単語を読みやすくなる。
ずっと短い返事しかできなかった子が、いつの間にか自分の言葉で話し始める。
それまでバラバラに存在していた知識や経験が、どこかでつながるような感覚です。
成長は、毎日同じ幅で進むとは限らない。
このことを知っているだけでも、子どもを見る大人の気持ちは、ずいぶん楽になるのではないでしょうか。
「できない」と「何も育っていない」は違う
おうち英語のご相談でも、よく似たことを感じます。
「こんなに英語を聞かせているのに、なかなか話しません」
「本もたくさん読んでいるのに、会話になると簡単なことしか言えません」
「Phonicsをやっているのに、まだ読めない単語がたくさんあります」
そんなお悩みを伺うことがあります。
もちろん、取り組み方を見直した方がよい場合もあります。
でも、今できていないことだけを見て、それまでの積み重ねが無意味だったと考えるのは、少し早いかもしれません。
英語を聞いて、意味を理解して、表現を蓄えて、実際に使えるようになる。
文字を見て、音と結びつけて、単語として認識して、文章として読めるようになる。
私たち大人が「英語ができる」とひとくくりにしていることの中にも、実はいろいろな力が関わっています。
それらがすべて同じ速度で育つわけではありません。
だからこそ、まだ目に見える形になっていない力にも、目を向けてあげたいと思うんです。
ただ待っていればいい、という話でもない
ここで一つ、大切なことがあります。
「閾値があるなら、いつか突然できるようになるまで待てばいいのね!」
……という話ではないんですよね(笑)。
私は子どもの成長を信じて待つことを大切にしていますが、それは何もせずに放っておくこととは違います。
たとえば、読み書きに困難があるお子さん。
何度も同じ方法で練習しているのにうまくいかないなら、別のアプローチを考えてみる必要があります。
目で見た方が理解しやすいのか。
耳から聞く方が入りやすいのか。
手を動かしたり、体の動きと結びつけたりすると理解しやすいのか。
一つの方法だけで押し切ろうとせず、その子に合う手がかりを増やしていく。
私がJolly Phonicsの多感覚的なアプローチを大切にしているのも、ここに理由があります。
ただし、多感覚であればすべての子の困難が解消するわけではありません。必要に応じて専門的な評価や支援を受けることも大切です。
成長を待つことと、成長しやすい環境を整えること。
この二つは、セットなのだと思っています。
バケツの大きさも、形も、みんな違う
先ほどのバケツの話に戻りましょう。
子どもたちの成長をバケツにたとえるなら、その大きさも形も、きっと一人ひとり違います。
同じ量の水を注いでも、同じタイミングであふれるわけではありません。
そもそも、一つのバケツだけで子どもの成長を説明することもできません。
読む力、書く力、聞く力、話す力。
それぞれの育ち方も違いますし、得意なことと苦手なことが共存するのも自然なことです。
だから私は、「この年齢ならここまでできるはず」「これだけ続けたのだから、もうできるはず」と、あまり決めつけたくないんです。
もちろん、成長の目安を持つことは大切です。
困っていることがあれば、適切なサポートを考える必要もあります。
でも、目安はあくまでも目安。
ほかの子と同じタイミングでできることより、その子自身が昨日までとどう変わってきたか。
私はそこを丁寧に見ていきたいと思っています。
だから、おうち英語って面白い
こうして考えると、おうち英語には大きな魅力があると思うんです。
学校の授業のように、全員が同じ日に同じ単元を終える必要はありません。
今はたくさん聞きたい時期なら、聞くことを楽しめばいい。
本が好きになってきたら、読書の時間を増やしてもいい。
ゲームの中で英語を使いたいなら、そこを入り口にしてもいい。
読み書きに苦労しているなら、その子が理解しやすい方法を探していけばいい。
もちろん、家庭でできることにも限界はありますし、何でも自由にすればよいというわけでもありません。
でも、子どもの興味や発達の様子を見ながら、環境を柔軟に変えていける。
これこそ、おうち英語のよさではないでしょうか。
Englishbudsでも、子どもたちが「なるほど!」「わかった!」「できた!」と感じられる瞬間を少しでも増やしたくて、教材やレッスンの工夫を重ねています。
私ができるのは、子どもの代わりに成長することではありません。
その子の中にある力が発揮されやすくなるように、環境や方法を考えること。
そして、小さな変化を見逃さないこと。
それが、私の役割なのかなと思っています。
その一滴は、決して無駄じゃない
おうち英語を続けていると、成果が見えずに焦ることもありますよね。
周りのお子さんがどんどん話し始めたり、難しい本を読んでいたりすると、なおさらです。
でも、私がこれまで見てきた子どもたちの中には、長い時間をかけて少しずつ力をつけ、ある時期から大きな変化を見せてくれた子が何人もいます。
その一方で、思うように進まないときには、方法を変えることで道が開けることもありました。
だからこそ、結果が見えない時間を、ただの停滞だと決めつけたくありません。
今日読んだ絵本。
今日聞いた英語。
今日先生と交わした短い会話。
今日、一生懸命考えて書いた一つの単語。
その一つひとつが、いつ、どんな形でつながっていくのかは、誰にも正確にはわかりません。
でも、だからこそ面白い。
子どもの成長には、大人の予想を軽々と超えてくる瞬間がある。
私はこれからも、そんな瞬間に立ち会えることを楽しみに、子どもたちと向き合っていきたいと思っています。
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