受験対策で考えた「読解力」とは?
Englishbuds 管理人 MommyKayo です。
先週、息子の大学受験記のラストを書いたところ、
多くの方からお祝いのメッセージを頂戴しました✨
改めましてありがとうございます💕
そして、思いのほか反応があったのが
「国語の点が上がったこと」
「英語の点数が安定したこと」
でした。
どうやって読解力を上げたんですか?
というメッセージもいただきました。
正直言うと、
私は「息子の読解力はあがっていない…」と思っています。
受験対策で鍛えられるのは、
どちらかというと処理能力なんじゃないかと。
息子自身も言っていたのですが、
受験の後半になっても、英語でも日本語でも
「何言ってるかわからん」
という文章は普通にあったそうです。
ありますよね。
いわゆる賢い文章。
「いや、バカにもわかるようにはっきり言って!」
と思うタイプの文章。
でも不思議なことに、
そういう文章でも問題は解けるそうなんです。。。
息子いわく、
「内容はよく分かってないのに正解できるから気持ち悪い」
とのこと。
文章の意味を深く理解しているわけではないのに問題は解ける。
点取りマシーンにはなれたけど
読解力がついた感じはしない、という
ここに受験の問題あり、みたいな結論にw
息子が受験対策でやっていたのは
いわゆる受験的な読み方です。
文章の構造を徹底的に追う。
例えば、
・指示語が出てきたら、その前の内容を確認する
・逆接の接続詞が来たら、その後が重要
・対比構造を探す
・因果関係を整理する
接続詞や指示語に印をつけて
前後の情報を読み飛ばさない。
そして絶対にやってはいけないこと。
自分の主観を入れない
「自分はこう思うけどな~」と考えることは禁止。
自分というものを横に置いて、客観的に論理だけを追って読む。
参考書に書いてある通りのトレーニングを
黙々と続けていました。
その結果、問題は解けるようになりました。
でもこれは、読解力がついたというより、
文章を処理する能力が上がった
と言った方が近い気がします。
読解力に関して
私が最近ちょっと面白いなと思っている話があります。
受験期、親である私は何もできることがなくて
ただただ不安な日々でした。
また全落ちするんじゃないか。
インフルエンザにかかって受けられなかったらどうしよう。
メンタルを病んでしまったらどうしよう。
ネガティブな想像って止まらなくなるんですよね。。。
そこで「不安ってなんやねん。ちくしょう!」と思い
不安の正体を追求しようと
哲学をかじったりしていました。笑
その流れで仏教哲学の話を聞く中で
ちょっと面白いことを知ったのです✨
普通は書物の方が情報を
正確に伝えられると思いますよね。
でも実はそうとも限らないそうです。
文字にすると、読む側のバイアスがどうしても入る。
つまり、誤読されることがある、ということです。
逆に、口伝の方が正確に伝わることもあるそうで。
その例としてよく挙げられていたのが
インドの古代宗教、バラモン教の聖典であるヴェーダです。
このヴェーダ、何百年もの間、
文字にせず口伝で伝えられていました。
しかもただ暗唱するだけではなく、
・通常の順番で読む
・単語を入れ替えて読む
・前後を行き来して読む
など、複数の方法で暗唱していたそうです。
さらに、
・発音
・アクセント
・音の長さ
まで全部決まっていたそう。
先生から弟子へ、何度も何度も繰り返して伝えられたそうです。
これなら確かに、かなり正確に伝わりますよね。
文字よりも圧倒的に情報量が多いのですから
自分のバイアスを挟みこむ余地がないですよね。
こういう口伝方式になれば、
きっと抑揚、声色、表情、姿勢など
ありとあらゆる五感を動員して
思想のすべてが伝えられるわけだから…
そう考えると、読解力って
絶対的なものではなく
実は結構読み手によって揺れるものなんじゃないか
と思い始めました。
というか、揺れるよね?と開き直るくらいw
文字って、実はかなり情報量が少ないです。
声のトーンもない。
表情もない。
間もない。
だから私がよく勝手な解釈をするのも仕方がねえな、とw
今の時代、
読み書き能力が高い人が優秀だと評価されがちですが、
文字にもある意味限界あるじゃん、
そんなことを思った今日この頃。。。
そして最近もう一つ思うのは、
そもそも「読解力」って何なんだろう?ということ。
バイアスをかけずに、
書かれていることをそのまま理解する力。
もしそれを読解力と言うなら、
受験のときに息子がやっていたような
「この文章の言わんとしていることはたぶんこれ」
という要旨の抽出は確かにできるんですよね。
でも、ここでふと疑問が湧くのです。
それって本当に“読解できた”ことになるんでしょうか。
言っていることは整理できる。
要約もできる。
でも
「で、これ何の話?」
みたいに、
意味として自分の中に落ちてこない文章って
普通にありますよね。
そう考えると、
読解って
単に情報を抽出する技術だけじゃなくて、
自分の経験とか
考えとか
世界の理解とか
そういうものと結びついて初めて意味になる気もします。
だから結局、
読解ってめちゃくちゃ深いんですよね。
そして難しい。
私自身ブログを書いていても
「いや、そんな意図で書いたんじゃないんだけど…」
と思ってしまうことありますし、
思ったほど伝わっていないなと感じることもあります。
むしろコンサルなどで直接話した方が
私の考え熱量が伝わってる感覚があります。
そう考えると
文章で人に何かを伝えるって、実はかなり難しい。
とも思ってしまう今日この頃。。。
…まあ、そんなことをいいながら、
今日もこうして文字でブログを書いてるんですけどね。
壮大なる矛盾だ~~~w
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