「俺か、俺以外か?」じゃなくてよくない?〜おうち英語と“二択思考”の違和感〜
Englishbuds 管理人 MommyKayo です。
木曜日なので、ちょっと雑談です。
世の中ってなんでも二択にしたがるなあ
と思うことがよくあります。
「AかBか」
「やるかやらないか」
「正しいか間違っているか」
有名なところでいうと、ROLANDの
「俺か、俺以外か。」みたいな
ああいう分かりやすさです。
あれはあれで面白いし、キャッチーだし、
考えを整理するには便利なんですよね。
人って、選択肢が多すぎると選べなくなりますから。
でも、ふと立ち止まると、
「いや、そんなにキレイに分かれることってあるか?」
って思うことも多くないですか?
おうち英語が含まれるジャンル、
早期英語教育に関しても、まさにそれかなと思います。
・早期英語はいいのか悪いのか
・英語をやると日本語がダメになるのか
・やるべきか、やらないべきか
なぜか全部、二択で語られがちなんですよね。
この20年、おうち英語に関わってきて思うのは、
この“雑な二択”の構図、
ほとんど変わってないなということ。
そして正直、
「まだそんなところで止まってるのか…」
という感覚もあります。
特に不思議なのは、
あまりよく知らない人ほど
強くジャッジしてくること。
「それ、日本語ダメになるでしょ?」
みたいな。
でも、やっている側からすると、
「え、そんな単純な話じゃないよね?」
なんですよね。
実際、うちも20年以上やってきましたが、
日本語が壊れたとか、困ったとか、
そういうことは特にありません。
むしろ普通に育って、普通に使い分けています。
恩恵を受けたのでおうち英語に感謝こそすれど
後悔なんて一つもしたことないです。
もちろん、やり方を間違えれば
偏ることはあると思います。
でもそれって
おうち英語に限った話じゃないですよね。
何事も“やりすぎれば偏る”のは当たり前で
そこだけ切り取って「だからダメ」とするのは
ちょっと乱暴だなと感じます。
そもそも、世の中を見渡せば、
複数の言語が当たり前に共存している環境って
いくらでもあります。
ヨーロッパでも、アジアの地域でも
言語が入り混じっている場所なんて珍しくないですよね。
でもそこで育った人たちが、
思考力がないかというと、そんなことは全くないです。
むしろ複数の言語を自然に使い分けながら、
普通に、いやむしろ柔軟に生きています。
むしろ強みになっているじゃないか。
そういう現実があるのに、
なぜか日本では「英語か日本語か」みたいな話になりがち。
いや、どっちもできるじゃん?!
って思うんですよね。
おうち英語も同じで
「これが正解」という一本道があるわけじゃないし
やり方はいくらでもあります。
・がっつりやる家庭
・ゆるく取り入れる家庭
・途中で調整していく家庭
全部あっていいし、
その中でバランスを取っていくものだと思っています。
私、こうしてバズ運営していますけど
バズラーさんに
「バズか、バズ以外か」
と迫ったこともなく、
その時に必要ないろんなサービスを複合的に使うべき
と伝えて、ゆるーくバズと繋がっていただくことを
心掛けています。
人はそんな一つに絞れないですよ、、、
それなのに、
「やるか、やらないか」
「成功か、失敗か」
みたいに分けて、急に窮屈してしまっている感、、、
二択って、分かりやすいけど、雑ですよね。
本当はその間に、グラデーションがたくさんあるのに。
だから私は、
おうち英語に関しても、早期英語教育に関しても、
「二択で語るの、もうやめたらいいのに」
って、ずっと思っています。
白か黒かじゃなくて、
グレーも、カラフルな選択肢も、いくらでもある。
やり方次第で、いいとこ取りだってできる。
なのにわざわざ
「俺か、俺以外か。」みたいにしてしまうのは、
ちょっともったいないなと。
…という、木曜日のぼやきでした。
にほんブログ村


